前々回に初めての体験談を、前回は「受ける前に知っておきたかったこと」をお話ししました。
今回は、その続きとなる2回目のカウンセリングのお話です。

はじめにカウンセラーさんから
「前回、3年前が一番苦しかったとおっしゃっていましたので、そこがポイントとなると思います。今回はその時のことを教えてください」
と言われました。
思いがけない人事異動などから責任や現実的な業務量が重くのしかかった話、さらに同時期に家庭内で受験、引っ越し、病気などが重なったことを伝えました。
カウンセラーさんは、要所要所で相槌をうって、つたない私の話を促してくれました。
そして最後に
「この状況はかなり大変でしたね」
と慰める訳でもなく、ただ頭の中で整理したときの感想がつい出てしまったような、何気ないつぶやきがありました。
「やっぱりわたし、大変だったんだ」
「やっぱりわたし、大変だったんだ。」
カウンセラーさんの何気ない一言で、自分の大変だったという事実が、スッとわたしの中に入り込みました。
休職しても、
カウンセリングを受けるようになっても、
それでもまだ「自分は特別大変なわけではない」と自身に言い聞かせていたんです。
「みんな同じ」という呪縛と、怖かった誤解
「新しい職場は知らないことが多くて困るのは、みんな同じ」
「歳を重ねてキャリアを積めばそれなりの責任伴うのは、みんな同じ」
「受験生の親が大変なのは、みんな同じ」
とわたしは自分に言い聞かせていました。
今思うと私は実際大変でした。
でも自分に起こっている、仕事の重さや家族への心配の気持ちを誰にも話していませんでした。
自分の思いを言葉にするのが苦手で、
言葉にしたとしても完璧に伝えられず、
「それは違うんじゃない?」などと誤解されるのが怖かったんです。
それと、「大変なのはみんな同じ。それを誰かに言うのは甘え。50代になってまでそんな甘えたことを言うのは恥ずかしい」とさえ思っていました。
でも、カウンセラーさんの何気ない言葉で、
わたしは「やっぱり、わたしは大変だったんだ」と自覚することができました。
それは、人づてに自分の評価を聞いた時に、「そう見えていたんだ」と妙に納得するような、あの感覚に少し似ていました。
「知っていること」が「自分の体験」になった日
「話を聞いてもらうだけで楽になる。」
「自分を認めることが大切。」
「つらかったですね、と言ってもらうだけで救われることがある。」
と、本やインターネットでよく見かけます。
頭ではなんとなくわかっていましたが、知っていることと、自分で体験することは違いました。
どこかで聞いたことのある言葉が、自分の体験になった日でした。
どうやらわたしは実際に体験しないと納得できないタイプのようです。
我ながら、ずいぶん手間のかかる性格です。
おわりに:もし、一人で抱え込んでいるなら
「みんな同じだから」「私だけが辛いわけじゃないから」と、自分の心のSOSに蓋をしていませんか?言葉にするのが苦手でも、プロのカウンセラーさんは優しく紐解いてくれます。もし、毎日が息苦しくてたまらないなら、一度誰かに「話を聞いてもらう体験」をしてみてください。



